モーツァルトの失われた楽譜

モーツァルトの作品は、ルートヴィヒ・フォン・ケッヘルによるケッヘル番号というものがつけられています。


その数1番から626番まで。626番、最後は有名なレクイエムです。

モーツァルトが最後までてがけられなかった作品でもあります。


その中で、k.477番は存在していることはわかっていたものの見つからず、いわば失われた楽譜でした。その楽譜が、2世紀の時を越え、ついに発見されました。

そして、2016年2月16日に、チェンバロニストのLukas Vendlによりチェコ音楽博物館で演奏されました。




1785年に作曲されたカンタータです。

『オフィーリアの回復した健康』という題のものです。

その当時、イギリスの有名なソプラノ歌手であるナンシー・ストレースが四ヶ月間病気をした後回復したことを祝って作曲されたものです。

モーツァルトのオペラの多くの台本を創っているLorenzo Da Ponteの詩に、サリエリとモーツァルト、そしてコルネッティが共作しました。


3つの詩節がある作品で、3分の1はコルネッティとサリエリ、3分の2はモーツァルトとサリエリによりつくられたものです。


この歴史的な発見は、プラハ音楽博物館のコレクションの中から見つかりました。

ドイツ音楽学者で作曲家のTimo Jouko Herrmannにより発見されたのです。




今回の発見により、モーツァルトとサリエリの不仲説も否定されようとしています。

二人はライバルだったため、特にサリエリにはあらぬ噂が立てられていました。

例えば、サリエリがモーツァルトの作品を盗作した、であったり、サリエリはモーツァルトに毒を盛ったのではないか、ということです。

しかし、今回発見されたカンタータからは、モーツァルトとサリエリの友好的な成果が表われている、と発見者のHerrmannは説明しています。



モーツァルトにとってプラハは落胆続きの人生の中で幸せな一時期を過ごせた街でした。

オペラをはじめとする作品が好意的に迎えられた街だったのです。


そんなプラハの街で、今や世界中の人々が注目する中、2世紀の時を越えて、モーツァルトの失われた楽譜が鳴り響いたのでした。





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